吾輩は悩むのが趣味である

悩みが尽きない人々に読んでいただきたいのです

オフィスがアウェイになる時

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11月に入ってからというもの、週に二回ペースで出社or外出が続いている。リモートワークに慣れたせいか、通勤からの出社というアクションがとても重く感じるようになった。心の乳酸菌が溜まる感じとでも言えばいいだろうか。

以前は当たり前のようにこなしていた日々の行動にもかかわらず、なぜにこれほどまえに面倒に感じるようになったのか。理由はいくつか思いつく。

・仕事開始までに時間がかかる。
・外出の準備にかかる労力がもったいない。
・物理的な移動で肉体的な負荷がかかる。

などなどだ。


人間の認知は変化に反応する

以前は意識すらしなかったことが、あるタイミングから急に気になるようになる。そんの経験を持っている人は多いだろう。これまでも繰り返していた行動なのに急に気づくのもおかしかろう、と考えるのが普通である。
しかし変わらず続けていたからこそ意識できないこともあるらしい。

精神科医 和田秀樹氏の著書『「損」を恐れるから失敗する』によると、人間の認知は変化に反応するそうだ。つまり、良い方向でも悪い方向でも動きがあれば認知できるが、動かないものは認知がしづらいのである。


標高の高く空気の薄い土地で暮らしているとその環境に慣れる。暑い土地で暮らしている感染が開く。人間の身体は環境に適応するようにできている。

ワールドカップ直前に、サッカー日本代表が高地キャンプや高温の環境でトレーニングするのは、アウェイの土地に身体を適応させるためだ。適応してないうちは空気の薄さや高い気温に抵抗を感じるだろうが、適応につれて意識しなくなる。元の環境から移って来た時に感じた変化は当たり前の環境となり、意識されなくなるのだろう。

変化を感じているうちはまだアウェイ、ホームになると意識しなくなる。変化が消滅した瞬間である。


オフィスがアウェイになる時

そう考えた場合、オフィスはホームなのかアウェイなのか。
毎日通勤していた時はホームだったと言えるだろう。起床し、身支度し、家を出て駅まで歩き、電車に乗ってオフィスに向かう。目が覚めてから自分のデスクに座るまで何十もの行程がある。しかしそれは意識されない。習慣化された行動は頭で考えずともオートマティックに遂行される。変化のない行動は脳に認知されず、疲労を意識することもない。

さて、リモートワークでの在宅が基本になった働き方だとどうなるか。職場はホームなのだろうか。

私の現在の働き方の中では、会社オフィスはアウェイになりつつある。少なくとも毎日通ういつもの場所ではない。必要がある時に予定を立てて向かう場所だ。文字通りホームとなった自宅から向かうアウェイがオフィスとなっているのである。

リモートワークで地方移住が進んでいるというニュースを見かけることが増えたが、一方で都心のマンションも高騰しているらしい。完全リモートワークでもない限り、出社をする必要はあるだろう。それが週一ペースなのか、月一ペースなのかは分からないが、遠ければ遠いほどアウェイ感は強まると推測できる。

そう考えると耐えられる範囲は自ずと限定されてくる。熱海あたりが限界なのかもしれない。

news.yahoo.co.jp


とはいえ別荘を持てるなら多少のアウェイ感は気にならない。
気にはならないが、別荘を持つ資金も無い。
そんなわけで今日も悩みはつきないのであった。